デザイナーを夢見る
永遠の少年少女たちのバイブル

しゃちょうのブログ

北極星

13.12.15

北極星

土日のランチ事情が本当に最悪なこのスクール界隈。

本日は淀屋橋まで足を運び、オムライス弁当を買うことに。

北極星。

私の実家のある堀江が発祥の地のはずで、土曜日のお昼ごはんとか母親がめんどくさい時とかオムライス弁当を買ってきてくれてたりした懐かしの味。

今でもたまに食べたくなります。

お財布にもやさしい価格ですし。

ということで、本日も期待を裏切らない美味しさを私に提供してくれました。

ありがとう北極星。

堀江にきらりと輝き続ける一等星。

実際の北極星は一等星じゃなかったような気もしますが、気にせずに。

本日は四度寝ぐらいしてしまい、従業員に怒られないかと焦りながら事務所に向かった私ですが、途中で新聞の切り抜きを持ったおばあさんに、

「こちらの教会に行きたいんですけど、場所がわからなくって。。。。金光教の教会しかななくって。。。。」

金光教さんやら立正佼成会さんやらの教会はすっごいわかりやすい感じであるのですが、その新聞の切り抜きの教会はなかなか見つからないみたいで。

私もなんとなく見覚えはあったのですが、細かい道案内ができるわけでもなくスマホで検索して、道案内を。

「スマホを使えないって不便なんだなぁ」

と改めて実感しました。

はて。

スマホを駆使すれば、どこにでも迷子にならずに行けてしまう現在と、スマホがなかった時代、どちらの方が幸せなんでしょう。

人と人との関係が薄れている今、実は「人に道を聞き合える」時代の方が幸せだったんじゃないのかなって私は思ってしまうんです。

私は人はひとりでは生きれないって思っています。

少なくても私は生きれません。

餓死します。

凍死します。

誰かが私のご飯を作ってくれ、私が住むおうちを作ってくれてるから、今こうして生きれているわけです。

お互いがそうやって助けあっている、それこそが社会だと思うんです。

人にいちいち道を聞かなくてもいいスマホは便利なのですが、道ぐらいそんな科学の力を駆使しなくても本来地元の方に質問したら済む話。

そこで親切に道を案内してあげるのが日本人の良さって話もよく耳にします。

と、朝からいろんなことを考えてしまう私。

私がどんだけ頑張っても作れないオムライスを食べれる幸せを噛み締めながら。。。