デザイナーを夢見る
永遠の少年少女たちのバイブル

しゃちょうのブログ

アイデア

16.12.13

帽子をかぶる息子

私は今我が家のリビングでブログを更新しようとしている。

1行更新したぐらいで息子が寄ってきて、抱っこしたり、いろんなイリュージョンを見せないといけないのでなかなか更新できない。

24時間コンビニエンスハードワーカーな私ですが、皆さんが考えてるほど(40のおっさんのさえない私生活のことなど誰も考えていないというサイレントマジョリティの声は完全に無視して)家での仕事は簡単ではないのです。

息子にしたら、たまに登場するおっさんはいつでも遊んでくれる気前のいいおっさんなわけです。

おっさん、あんたのムーニーマン買うのに朝から夜中まで脳みそ三交代制でフル稼働させてるのに。

パパの脳みそという名の器をオーバーフローする仕事量と、ムーニーマンという名の器をオーバーフローする息子の排糞量。

と書いたところで、また息子が右から左からだっこしてチョと細川ふみえばりにアジテーションしてくるので、最近買ったビデオ?で録り溜めしてた「おかあさんといっしょ」を見せながら、目の前にガラピコプーのお人形さんを並べて茶を濁してきたところです。

子供だましとはまさにこのこと。

ということで、朝チャリンコ通勤しながら考えてたことをば。(ヲバ!over!)

ハイパーメディアクリエイター高城剛曰く「アイデアとは移動距離に比例する」と。

私もハイパーメディアクリエイトのティーチャーおよび校長先生坂元剛なのですが、私の移動距離ってミクロ過ぎて。

私が思う「アイデアとは…」ですが、

・人と会ってたくさん話をすること

・本や文章をたくさん読むこと

・文章をたくさん書くこと

です。

はい、この3つ。

「人と会ってたくさん話をすること」は自分の脳内を言葉で整理すること、そして「私はこういうことを考えてこういう風に動いていきます」と宣言することになります。

トーマス・ジェファーソンがアメリカ独立宣言したり、さだまさしが関白宣言したり、森高千里が非実力派宣言するようなことを飲みに行くと毎回できるわけです。

あと、自分は自分のことを内側からしか見ることができませんが、外側から見た自分を見ることも「あ、そういう風に見られてるんだ」と自分の今の位置を知る上で参考資料になります。

で、「本や文章をたくさん読むこと」。

自分が見えてる世界なんてしれてて、一生で見れる範囲もしれてると思います。

いや、しれてるんです。

手っ取り早く人の脳みその中見た方が早かったりします。

本や文章に書いていることが脳みその鏡写しではなく、いろいろと虚飾された部分があることを前提にしても、手っ取り早い。

人の脳みその中や人生が言語化して整理してくれてるって本当にありがたい。

で、「文章をたくさん書くこと」。

これも自分の脳内をまとめることです。

「たくさん話すこと」は相互コミュニケーションなのですが、文章は一方的なコミュニケーション。

見えない相手に依存しない中で、人に興味を持たせ、飽きさせずに、逆にどんどん入り込ませないといけないわけです。

それらの作業がデザインやら仕事に関係ないと思っている人はそこまで。

デザインっていうのは、文章を書くという方法論を、目の錯覚を利用するという方法論に変えているだけ。

アイデアっていう根本的な部分は1%も違いはないわけです。

そういうことは特別なことじゃなくて、当たり前のことだと思います。

考え方が変わると、日々の生活から変わると思います。

と偉そうにいったところで、「おかあさんといっしょ」が終わったので、「きかんしゃトーマス」を見せたのですが、息子が飽き始めてしまい。。。

さっきまでひとりで陽気に踊ってたのに。。。

長文にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。