デザイナーを夢見る
永遠の少年少女たちのバイブル

しゃちょうのブログ

入れて出す

17.11.09

集合写真で前に出たがる息子

近しい方が39歳の若さで亡くなってしまい、不謹慎ながらいろいろ考えるきっかけになりました。

私も過剰労働時間フォルダの一員だと思いますが、食べて、寝て、たいした病気にもならず(首がかゆいとか程度)。

仕事の中でガマンしないといけないこともあるわけですが、「じゃ、それをどうしたらガマンしなくていい方向に持っていけるか?」を考えるのが自分の仕事ですし、全てが自分にとって都合がいいようにいくわけもないんだから、ガマンできる範囲のガマンはしたらいいんです。

あっつあつのロウを垂らされる→仕事だからガマンする。

そういう仕事でもないですし、癖もないですし。

ガマンできない範囲は切ればいい話。

いやぁ、社長業って素敵。

そこだけは素敵。

そんな感じで社会の中で生きていくにあたり溜めちゃう人が多いんだろう、それが心の病や肉体的な病を導くことが多いのかなと思ったわけです。

そんなもん全部出しちゃえばいいじゃん。

無人島でひとりラクラクと過ごせばいいじゃん。

ドラえもんで無人島で髭ボーボーになってお昼寝してるのび太を何度も見たじゃん。

と、熱くなってくると横浜に住む甥っ子姪っ子の言葉が移ってしまうのですが、私が言いたいことはそういうことです。

ガマンすなです。

見て、聞いて、触って、におって(私は無理だけど)、感じる。

いろんなものをインプットする。

話して、書いて、動いて、汗かいて、排泄して。

いろんなものをアウトプットする。

そういう流れの中で生きていければ、溜まるものも溜まらないんじゃないのだろうか。

そんなことを考える11月9日。

1年経つんはやっ。

そんな感じで「自分が目指す一番かっこいい自分像」をイメージし、そのイメージに基づいて社会の中で自分を演じてたら、時間、拘束、嫌ごとを上回るスッキリとした何かや覚悟が生まれて、美味しいもん食べて、たくさん人と話して、スヤスヤと寝れるのではないでしょうか。

と思う私は単なる鈍感さんなんでしょう。