デザイナーを夢見る
永遠の少年少女たちのバイブル

しゃちょうのブログ

ばあちゃん

14.11.14

オロナミンC

11月11日夜中1時頃、いつもより1時間だけ頑張って在宅ワークをしていた私に父の携帯から電話。

その時間帯に父から電話が鳴った時点で、祖母の死の報だとわかりました。

昨日、本日夕方までその関係でスクールをお休みさせていただくことになり、
生徒の皆様並びに関係者の皆様にご迷惑をお掛けしてしまいましたことは、
私の体制づくりの不備に他ならず、本当に申し訳ございませんでした。

また、こちらの不備にも関わらず、あたたかいお言葉をお掛けいただいた皆様方、
本当にありがとうございました。

ばあちゃんの話をさせていただきますが、
先月、お見舞いに行った時は苦しそうでご飯も拒否し、
話もできませんでした。

その苦しそうな顔からは想像できない
ばあちゃんの安らかな顔。

享年90歳。

幼稚園ぐらいの時に鹿児島の離島から大阪に来て近所に住んでたばあちゃん。
途中から一緒に住むようになってました。

思春期ぐらいから私はばあちゃんとどう接していいのかわからなくなり、
それは結局大人になった今まで変わりませんでした。

今年の正月、母に言われて、ばあちゃんに挨拶しにいったら、

「この子は本当に優しい子なのよ」

と言ってました。

信じられない人が多いかもしれませんが、
確かに私は小さい時は優しくて気弱な泣き虫つよし君だったのです。
ばあちゃんの中ではその時の孫のままなんだな、と。

面倒を見る両親、特に嫁姑に当たる母親の姿も見てきたので、
一般的な「おばあちゃん大好き!」って感じでもなく、
自分自身いろんな思いがあるのですが、
やっぱり自分の中では世界に二人しかいない、ばあちゃん。
そのばあちゃんの一人がいなくなってしまいました。

子供の時、よくたこ焼き買ってくれたばあちゃん。

家行ったら、いつも冷蔵庫からオロナミンCを出してくれたばあちゃん。

泊まりに行ったら私が野球ばっかり見るから、嫌がってたばあちゃん。

そんなことを思い出したお葬式。

子どもたち、たくさんの孫、たくさんのひ孫に囲まれたばあちゃんの最期。

無口で大人しいばあちゃんからは想像できない
元気が有り余っていて、ずっと喋ってる孫、ひ孫たち(私含む)。
笑ったり泣いたり忙しいファミリーだなと思いました。

生前「私は不幸」的なことを母親によく言ってたらしいですが、
こんなにたくさんの元気な孫、ひ孫たちができ、集まってくれて、
本当に幸せだったんじゃないかなって思います。

孫の中で唯一坂元姓の私。

坂元一族最後の砦として、
より恥ずかしくないように、
天国のばあちゃんが自慢できるように
生きていこうと思った一日でした。

今日からまた頑張ろう!