デザイナーを夢見る
永遠の少年少女たちのバイブル

しゃちょうのブログ

本能

17.09.10

9月10日は工藤の日。

静香。

公康。

人によっていろんな意味のある日だと思います。

私は意外に工藤という苗字の人は少ないんだということに気付かされました。

そんな日曜日の朝ですが、前日リビングでビール飲み終わってスマホいじいじしてたら寝てる

→嫁に怒られる

→歯を磨いて、寝室にゴザ敷いて寝る

な私は朝っぱらからシャワー浴びてました。

朝シャンです。

チャン・リン・シャンです。

そんな私が更衣室へ出ると、息子がヨチヨチヨチヨチと歩きながら登場。

パパの短パンを渡してくれて「ハイ、ドージョ」。

ありがとう、息子。

今、短パン履いたらノーパンで気持ちが悪いよ。

基本的に朝のゴハン食べる時間しか息子と会えないのですが、日に日に成長してるみたいです。

いつも不思議なのは

「教えなくても勝手に成長していく」

ことです。

本能的に成長していくプログラムが人間には埋め込まれているのかもしれません。

今日もヨチヨチ歩きながら、何度も何度も尻もちついてました。

でも、立ち上がって、またヨチヨチ歩き出します。

醤油をママに渡すために。

微笑ましい姿です。

これも今だけの姿でそのうちスイスイと歩くんでしょう。

今のこの姿を目に焼き付けておかなければです。

ママが普段やってることをマネする。

それで喜んでもらえる。

嬉しくなって、またいろんなことをマネしていく。

彼もちょっとずつ行動や感情表現に計算が入ってきたり、完全に無意識とは言えなくなってきていますが、自己形成に関しては無意識に成長するための行動を繰り返しているみたいです。

人間って本当はそうやって勝手に成長していくようにシステムになっているんじゃないでしょうか。

それがなぜか大人になればなるほど、息子のように尻もちついてついてヨチヨチ歩くことを避け、誰かのマネをしなくなるのです。

なぜなんでしょう。

人の成長というものに接するのが私の仕事の中の何割かを占めていると思うので、そういうことばっかり考えます。

まともに歩けないのにコケたらかっこ悪い。

だから、そもそも歩かない。

歩き出そうとしないから、ずっと歩けないまんま。

人のマネをするのは個性がないみたいでイヤ。

しんどそうだからイヤ。

あの人は特別だからできるだけで自分にはできないからマネしても意味がないからイヤ。

そう考えている間はマネどころか1ミリも差は埋まらずに開く一方。

前進しないこと、進歩しないことの方が、実はすごいかっこ悪い。

そんなことを考えながら、ヨチヨチ歩きでコケまくり、「ハイ、ドージョ」を繰り返す息子を自分を照らし合わせながら眺めるのでした。

私もまだまだいろいろとヨチヨチしてる感じです。