デザイナーを夢見る
永遠の少年少女たちのバイブル

しゃちょうのブログ

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17.11.21

涙くんこんにちわ。

不定期開催される脳内カオス祭。

尾崎豊ばりに

何が正しいのか。

自由とはいったい何なんだ。

DAOKOって誰なんだ。

なんで大山が新人王投票で2位なんだ。

いろんな疑問が交差し始め、脳内会議がああでもないこうでもないと繰り返される。

40越えて思うのは、自分をどうこうするってのはすごい簡単なこと。

難しいのが人をどうこうするってこと。

それは広告という広い範囲になった方がよりシンプルなんですが、個々人という単位になると難しくなるな、と。

結局、自分の問題でしょ。

自分のことって。

今の自分の居場所、能力、収入。

それは全て自分の取捨選択の結果。

結論、自分が一番いいと思ってきたことの積み重ね。

私、一個人としてはそれだけで全てが解決する。

自分がどうにかしないといけないし、自分をどうにかしないといけない。

人との関係を切る、切りまくる、そんなことは生きていく中でザラ。

全ての人にいい顔できないし、する意味もない。

ということで、ここ最近私の脳内会議の議論を。

○デザインが面白くない問題。

これは急に結果として出にくい、非常にあいまいなものだから。

これは私が常日頃戦うやるせなさでもありますが、資本主義社会の中に社会主義的思想がはびこるのが日本社会の抱える歪み。

企業、経営者には資本主義社会の論理を求める。

競争。

競争に負けたら死しかない。

弱肉強食。

これが労働者側になると社会主義社会の論理に支配される。

でも、日本は資本主義社会なので、基本働くということはどこかで競争に参加することなんです。

競うということは、誰かに勝たないといけないのです。

もしくは人がしたくないことを頑張るか。

他の人ができないことするか、やりたくないことをできるか。

それが社会的な希少価値になって見返りとしてのお金に変わり、選択肢の多い人生に変わるのです。

即席で誰がやってもできることをやって競争に勝てるのでしょうか?

そういう社会は恥を知らずに人としてルールを度外視できる人、もしくはもともとの地頭がいい人が勝つゲームです。

そうならないように学んでいるわけですし、そのためにはめちゃくちゃ頑張ったらギリギリ登れそうな壁を試行錯誤しながら乗り越えていくことの繰り返しになるのが当たり前ではないかな、と。

自分の言い分を社会に聞いてもらいたいなら、社会に対してきちんと参加しないといけない、それはすなわち競争社会に参加するということです。

本来。

本来の延長線上でいうと、デザインっていうのは本来人に伝えるものです。

ということは、「めっちゃこれを伝えたい」っていう思いがないといけないんです。

「就職するためにデザインをする」というモチベーションは、そもそもの向かっている方向が違うわけだから、「めっちゃ伝わるデザイン」になるわけはないんです。

どれだけ広告主になりきって、広告主と同じぐらいの思いを持って「めっちゃ伝えたい」って思えるかどうか。

それがデザイナーとしての第一歩です。

○就職問題

順調に就職できてる方。

就活中で就活でうまくいってない方。

就活を前にして辛そうな方。

おかげさまで順調な方が多いのですが、うまくいかない方もいらっしゃいます。

ここで再び企業の倫理を登場させますね。

まず、雇用というものは非常に不確かなものなんです。

私はゼロベースで全く知らない方をイチから採用するということは今のところやってません。

今後もできるだけやりたくありません。

リスク高すぎます。

私、一緒にいてめんどくさい人、うっとおしい人と一緒に働きたいと思いません。

いくら優秀な方でも。

面接という一回、二回会っただけで、人のことを識別できるほどの能力も持ち合わせていません。

これは私の方法論なのですが、オープンに人材募集をかけるのが一般的な日本企業です。

というときに、どういう基準で採用するでしょうか?

まず、絶対条件が「辞めない人」です。

それはこれまでの経歴や、デザインへの思いから判断するしかないでしょう。

プラス「今すぐ戦力になって企業にプラスを産み出せる方」。

即採用。

「半年以内にはプラスを産み出せる方」

こちらもおおよそ採用。

でも、こういう方は稀です。

ソフトの操作、コーディングはできても、デザインっていうのは非常に曖昧なものなので、いきなりデザインをビシバシやってしまう方に私は一度もお会いしたことがありません。

年数、試行錯誤の回数、デザインを見る目の能力の向上、それがないと表現できないことなんだと思います。

果てしない道。

ということで、

「この人にはたくさん失敗させたら、いつか企業にプラスを産み出せる方になる」

と思わせられるかどうかが採用基準になるのではないでしょうか?

すなわち、

「たくさん失敗させてもいい」

って思わせないといけないんです。

人から愛される力って私は表現してますが、人に可愛がってもらうことって必要なです。

プラスを産む力がない間は特に。

こんなこと書いてる私自身も社会の中においてはミクロな存在なわけなので、ある程度愛されないとチャンスすらもらえないわけです。

苦手ですけど、たまに奇特な人間同士で気が合うこと、可愛がってもらええることはあるみたいです。

ギリセーフ。

社会に迎合したくなければ、迎合しなくてもいいビジネスを考えて、それで社会に参加すればいいだけ。

私の知り合いにもそういう人います。

それはそれで生き方なんで全然OKだと思います。

ということで、 他にも言いたいことがあったような気もしますが、こんな感じで私の脳内モヤモヤ会議の一部を文字列化してみました。

個人的にいろいろやってみたいことは出てきているので、早いこと時間つくれる状況をつくって、やってこうと思ってます。

ほな。