モチベーション
17.04.13
学校で教えられた理想的な人生のレールを大学卒業時にダイナミックに脱線してからフラフラ適当に生きてた私ですが、経営者やら学校の代表やらデザイン事務所の代表やらになってしまい毎日がなぜなぜ大辞典な今日このごろなわけです。
「自分ができないことをなぜ人はできるのか?」
をどこかで考えながら生きてきたんだと思うのですが、
今は
「自分ができることをなぜ人はできないのか?」
「自分がやることをなぜ人はやらないのか?」
を考える時間が、自分の頭の中の空白の時間を埋めていきます。
クソ。
カス。
ゲスい。
ダサい。
モサい。
社会不適合者な私は社会不適合者らしく、社会の端っこの方で現実を逃避しながら、自分がイヤなことはしないでおこう、めんどくさいことはしないでおこう、アホらしいと思うことはしないでおこう、やりたいことだけやっとこうと思ってただけだったのです。
そんな劣な私なのですが、今はその社会端っこ人生の中で知ったこと、経験したことを商品として、ご飯を食べてるわけです。
ひと言で言えば私のお仕事は
「つくる」
ことなのですが、
「つくるってめんどうくさくて、難しいことなんや」
と気付かされているところなのであります。
つくるってめんどくさい。
つくるって難しい。
「私は何かをつくるとき何考えてんやろ。。」
えーっと。
えーっと。
「めっちゃかっこええもんつくったろう」
「めっちゃおもろいもんつくったろう」
「見る人がビビるぐらいのもんつくったろう」
こんな感じの粒子が脳内をうごめいているのだと思います。
(脳みその中身を言葉に置き換える作業っていうのも、一番近い言葉を探している作業で、ふわふわした形のない何かでしかないと思ってます)
と考えると単なるモチベーションってことなのかしらということを脳みその中のふわふわが私に問いかけるわけです。
考えたら、物心ついたときから
「人に喜ばれたい」
「人を笑わせたい」
「かっこよく生きたい」
って思ってたので(ふわふわ)、その積み重ねが日々の生活を築き、見るもの、見方にまで影響して、その積み重ねがもうすぐ41歳の私なんだと思います。
恍惚と不安、希望と絶望とおはようこんにちわさようならする日々。
「つくる」
というお仕事は本当にめんどくさいし、難しいし、かといって社会的にクソ高い評価をもらえるわけでもないし(特にこの国では)というお仕事なのですが、いいものをつくってやるという高いモチベーションがなければ、無理なことなんだろうな、逆にそういうモチベーションがある人は誰でも到達できるぐらいのことなんだろうなと思う近頃の私。
そんなことを考えてる間に時間だけはどんどん過ぎていくので、とりあえずいろんなものをうまくまわして、最終的にお金を生み出すことが私の今の最優先のおしごとなので、脳みその隙間を駆使しながら、張り切ってやってくしかないなと思う休日の朝。
あ、もう昼。