デザイナーを夢見る
永遠の少年少女たちのバイブル

しゃちょうのブログ

ありがとう

18.02.15

ありがとう。

ありがとう。

と、ありがとう浜村淳のオープニングテーマに合わせて、お礼を告げたところですが、本日で学生アルバイトのカトーさんがアルバイト卒業です。

春からデザイナーのたまごになるとのこと。

かなり表現力が高い子なので、現場で日々デザインに触れまくることでどんどん成長していくでしょう。

ということで、今週従業員さんの結婚式の祝辞で酷評されまくった贈る言葉を。

もう祝辞なんてしないと槇原敬之ばりに歌にしてしまいそうな気分をブラインドタッチに置き換え、

もう祝辞なんてしないなんて言わないよ絶対〜♪

と切り替えていきます。

広告デザインってなーに?

絵を使ったコミュニケーションです。

そうです。

コミュニケーションなんです。

高度なコミュニケーションができないといけないんです。

脳内にあるモヤモヤしたものを文字に置き換え、さらに色と形でイメージを表現するって、大喜利スーパーハードモードです。

ということで、いろんな人の話を聞いてください。

とりあえず、聞いてください。

面白い人。

めんどくさい人。

なんか楽しい人。

独特な空気がある人。

それぞれ、それが何かを考えてください。

人の話を聞く、人が話す姿を見て、人が聞く姿を見る、これもとっても大切な勉強です。

で、世の中のこと一通りは知っておきましょう。

「名前聞いたことはある」ぐらいでいいですし、なんとなくこういう感じというイメージはそれぞれに持っておきましょう。

人と話すこと、いろんなことを知ること、これらは私達の仕事では最低限の準備です。

トレーニングでもあり、エネルギー摂取でもあり。

そして、人から愛される人になりましょう。

どうすれば人から愛されるのか?

これも人から愛されている人を観察してみましょう。

不器用でも話下手でも一生懸命働く子は誰かが絶対に守ってくれます。

手を抜く人、嘘をつく人、頭がいい人には簡単に見抜かれます。

そして、プロ意識を持ちましょう。

私が思うプロ意識は例えば時給1,000円ならば、絶対に1,001円以上の仕事をしてやるということです。

私はずっと会社に不平不満を持っていた人間です。

なんで自分の給与はこんなに安いんだろう、ずっと思ってました。

確実にお金以上の働きはずっとしてました。

お金にはならなくても誰かは必ずその仕事っぷりは見ているので、いつかチャンスはもらえます。

そんな感じですかね。

初めに戻ると、コミュニケーションのプロに必要なことのひとつがたくさん遊ぶことです。

たくさん遊んで、その話をいっぱいしてください。

友人に話す、目上の人に話す、文章に記し公開する。

仕事=遊び=生きていくことってなったら、ラクではないですが、社会の中で自分にしかできない仕事ってのができているはずです。

遊ぶ努力を惜しまないでください。

こんな感じで取り留めがないのですが、私、今日は家でパパ業務があったので送別会不参加なのでした。

うまい鉄板焼きのお店だったので行きたかったですが致し方なし。

とりあえず、明日までは私もノンアルコールデー(なんか過労らしく毎日抗生物質飲んでおります)なので、おうちで我慢しながら、息子も寝たのでお仕事してます。

3本目のオールフリーです。

全く酔わないのでいくらでも飲めますね。

お金

18.02.09

職業柄、日々いろんなことを考えてしまうわけですが、ここ最近「お金に対する考え方」というものを考える機会が多かったり。

社長やら経営者やらって、なんとなくのイメージでしか捉えられてなく、実際にした人にしかわからないところも多々あると思うのですが、ギャンブルですね。

水商売とはよく言ったもので水物です。

それ含めてのビジネスと言えばそれまでですが私授業のキャンセルがなければ、もっともっとお金もらえてるわけです。

立場的に会社のマイナスは私のマイナス。

そこを笑顔で振る舞うのが私のお仕事。

人を信用して投資するある意味ギャンブルです。

それも含めてのビジネスですから。

2億万歩譲って、体験レッスンのドタキャンだけはやめてほしいですけどね。

飲食店のフルコース予約して、店行かないのと私的にはされてること全く同じですよ。

というようなことはどうでもいいのです。

はて。

例えば「就職したい!!」との思いをお持ちの方が当スクールにもたくさん来ます。

焦ってる方もいます。

焦ってるんだったら、それまでに起業がお金を払いたくなる自分をつくっていくしかないです。

あなたの1年間に300万円払うだけの価値があるのか?を見られるのが就活だと思うので、その準備を期限までにしておけばいいだけです。

フェアな勝負だと思います。

それをできない人は就活でいい評価をもらえなくても当たり前だったりします。

生徒の方なのでそのへんは自主裁量に任せますが、そこに関して本当に目標に向かって自分をコントロールしていく気概があり、正直に接してもOKであれば、そこはシビアにお伝えします。

次。

「フリーでできそうな仕事だから」という理由でこの業界を目指す方もいます。

うちのスクールは正直に「その人の能力・努力次第ですがかなり厳しい選択肢」ということをお伝えします。

みなさんがどれぐらいも収入を毎月目指していてるかにもよりますが、月20万円を毎月安定してもらえてるフリーのデザイナーの比率がどれぐらいかご存知なのでしょうか?

10年以上やってるプロがフリーになり、仕事がなくて、格安の業務を請け負ってるなんて当たり前の社会です。

知り合いにもフリーのデザイナーがいますが、その方は仕事、収入は安定していますが朝から晩までお仕事です。

休む日は「今日は休むぞ」と無理矢理休むんです。

フリーデザイナーとは

「自由に働けるデザイナー」

ではなく、

「自由にこき使われるデザイナー」

と考える方が自然です。

自由に働いているデザイナーって1%いないと思います。

それもお金を払う価値があるかどうか?という問題があります。

デザインでお金をもらうってそれだけ難しいのです。

そんな感じで。

私がここのところ思うのは

「お金をいただくには、それ相応の対価を払わないといけない」ということです。

自分の1分1秒にいくらの価値があるのか。

それを考えられるようにあると自分の仕事も変わるし、生き方も変わると思います。

人は自由でいいと思います。

でも、社会というものに属している限りは完全なる自由はないのです。

困っている人がいたら助け、力になり、逆に周りの人の力を貸してもらいながら生きていくシステムが社会です。

というようなことを考えながら、明日からまた頑張っていきます。

生かすも殺すも

18.01.24

小室引退記者会見を見る。

いろいろ思いながら。

私は人間とは弱いもので(自分を含めて)、それを肯定する中で生きていくという考え方なので、不倫してるしてないや肉体関係の有無はどっちでもいいのです。(肉体関係のない愛もあるだろうし)

今回の一件を雑に言うと「メディアに殺された」となるのですが、そもそも小室という存在を巨大化させたのはメディアだったので、「メディアの力によってとてつもなく大きなものになり、メディアの力によって殺された」ということを考えると感慨深く。

メディアが一番元気、華やかだった時代の象徴的音楽の担い手。

私は以前に詐欺で逮捕された時に「音楽ヲタクの天才君がお金に踊らされてしまったんだろうなぁ」と思ってたんですが、その末に待ち構えてたのはこういう結果だったとは。

音楽ヲタクってのは尊敬の念200%の意味ですよ。

そんなことを考えながら、自分とこの会社のネットのクチコミのことを考える。

全く誰だかわからない人が「元生徒」として、うちの会社のことを、対応が悪かった、オーナー(私のことオーナーって呼ぶ人いないんですが…)は最低な人間だとクレームしてます。

全く身に覚えなし!!

名前言ってくれたらわかるのに!!

Googleは削除する気なし!!

発言の自由を尊重してるんでしょうけど、完全に名誉毀損ですよね。

訴えても金銭的&時間的デメリットしかないので、あとは無視しますが。

飲食店やホテルの評価とかをついつい見てしまい、「こんな客イヤやなぁ〜」と思うタイプの人間なのですが、そういうのを見るたびに「はぁ〜、ネットってイヤやなぁ…。」と思わされます。

この世からネットがなくなったらいいのに!!

って思うかというと、一切そんなことはなく、私は「ネットの発達があったから、会社をやってこれた」人間なので、受けてる恩恵の方がはるかに多いのです。

うちの会社の営業は100%、自社WEBサイトですからね。

昔だったらスクール始めても広告を出す予算もなかったから、誰も入学できなかったですよね。

パソコンもフォントもいろんなサービスもはるかに安くなったし無料のものも多くあります。

ネットの恩恵受けまくり。

そんな感じで全てにおいて万能なものなんてないことを改めて実感させられつつも、私は私なのでこれから自分が正しいと思う方向に向かっていきまーす。

コミュニケーション

18.01.16

笹を振り回す赤ちゃん

へいへい君はBODY。

ノーノーそれだけでいい。

KISSで唇を。

SHUT IT UP 奪わないで。

コミュニケーションがうまくいかなくて、こんな気持ちになったこと、誰にでも一度はあると思います。

え?

ない?

嘘?

松本に相談してみようか。

でも、たぶん冷やかされるからや・め・と・こっ!!

ということで、B’z漫談だったのですが、コミュニケーションについて考える日々です。

私なりのここ最近の研究結果があるので、こちらで発表いたします。

人間の思い。

感情。

希望。

不安。

不満。

そういうものは脳みその中に存在するフワフワした何かだと思います。

大人はそれを人に伝える時、外に向けて表したい時に言葉に置き換えます。

うちの息子の場合は言葉が使えないので、泣いたり踊ったりという態度に置き換えます。

「言葉=脳みその中」という図式は違うと思うのです。

ただ、脳内のイメージを伝える手段に過ぎないということです。

それを言葉と音や間を使い、口を使う話すという行為がうまい人。

それを文字を使い、文章を書くという行為がうまい人。

それを画を使い、デザインで伝えるという行為がうまい人。

そういうことができる人がコミュニケーションの達人だと思います。

ということで、デザインというのも日常的に皆さんが行っている「話す」や「書く」という行為と同じ行為で、ただ方法論が違うだけなのです。

話す、文章を書くということも、デザインで伝えるということと同じ要素が多いものなので、日常で行える簡単なデザインのトレーニングになります。

逆に言うと、デザインができる人は話したり、文章を書くこともある程度できるはずです。

本当は。

ちなみに話すという行為は相手がいて成立する相互のコミュニケーション方式で、書くとかデザインは情報を伝える側と受ける側という一方通行のコミュニケーション方式なので、そのあたりの違いはあるかもしれません。

でも、書くこともデザインも読む人、見る人の気持ちを理解していないと意味をなさないので、そこに関しては同じような性格だと思いますが、話はどんどん転がっていくので、自分で起承転結をつけれない、どう変化するかがわからないものでもあります。

そんな感じですが、こういう学校をしていると、コミュニケーションに苦手意識を持っているのかなという方もいらっしゃいます。

デザインもコミュニケーションなんだし、デザインをしたいんだったら、コミュニケーションのスペシャリストを目指して欲しいなって思います。

話すのはイヤ、書くのはイヤ、だけど画で伝えることだけはしたいって、幅の広さという部分で疑問符がつきます。

私達がつくるデザイン物ってほっとんどが紙の場合捨てられるってご存知でした?

捨てられる未来が待っているものをつくっているんですよ。

私たちは「デザイン物」というものをつくっているんじゃなくて、デザインという方法論を使い、紙という媒介を利用して、伝えてるだけなので、伝えるという役割が終わったら、お役御免で捨てられるわけです。

言葉も同じようなものじゃないのかな、と。

ほとんどの人に見向きもされない、それがデザイン。

でも、ひとりでもそのデザインに心が動かされ、何かをしたいという衝動が起きたのなら、それはすごいことなのです。

デザインという技術や知識、方法論を学んだところで、自分がそれを利用するスペシャリストにならないと枝葉にしかならないと思います。

自分自身をいかに高めていくか。

そのときにデザインを利用していろいろ人様の役に立てたらいいですよねってことだと思います。

ということで、私のコミュニケーション論でした。

あけた

18.01.03

初詣をする息子と嫁さん

年明けた。

2018年だからと言って、どうこう変わることもないわけですが、私にとって1年でこれだけ休めるのは毎年この時期だけなのです。

一家全員でグータラしながら、脳みその中の再整理をする期間になります。

勝手に。

自分がやりたいことを仕事に結びつける。

自分がやらないといけないことの中から楽しみを見つけ出し、それらも仕事に結びつける。

脳みその中って言語化されてないホワホワしたものだと思うのですが、たぶんそんな感じなんだと思うのです。

そのためのヒント探し、きっかけ探し、自分自身を正当化する言葉を探し続ける日々日々日々。

起業時、自分が正しいと思うことをやってダメだったら最悪野垂れ死にすればいいと思ってたわけですが、起業7年目にあたり、ただ単に自分が正しいと思う方向に進んでいけばいいんだって確信めいた何かがあります。

どうすればいいデザインができるか?

どうすればいい学校がつくれるか?

どうすればいい先生になれるか?

どうすればいい会社がつくれるか?

どうすれば社会の役に立ち、社会からの評価をもらえるか?

それらの根源は全て同じところにあるということ。

それを教えることが私の社会的役割であり、この輪をちょっとずつ大きくしていくことが社会的役割だと勝手に思ってます。

私の社会的アドバンテージは「学びの方法論」を人に伝えることなんだろうと42を迎える年の始めに思います。

今年もそのための試行錯誤、試行錯誤から変化、変化という名の進化を生み出す時間になるのかと。

仕事が変化し、進化続ければ続けるほど、より根源的な部分に目が行く自分がいます。

人。

社会。

単なる生物である人が社会の中で本能を押し殺し、理性を持って振る舞う。

社会の変化に対応できてない人間の本能。

その差分から生まれてくる現代人が抱える様々な心の悩み。

生きていく中で楽しい発見の連続です。

もっともっといろんな発見があるんじゃないのだろうかと40越えてるのに、何もかもあきらめてた若い頃より日々ワクワクしてます。

もっともっと単純に生きることは楽しいことなんだと。

自分の周りの人々に伝えていくにはどうしたらいいんだろうって日々考えてしまいますし、それが人生のテーマなのかもしれません。

デザインのこと、学校のこと、会社のことを考えながら、奥底ではそういうこと考えています。

息子と奥さんの喜怒哀楽を楽しみながら、今年も生きていきます。

ということで、脳みその中を文字列化するとノイローゼのキモいおっさん化してしまうのですが、そんな私の個人用Twitter開設。

https://twitter.com/ho_designschool

「こんなゲスとヲタクの極みでも、人生どうにかなるんだ!」

と夢と勇気と希望と嫌悪感を与えるTwitterにしていきます。