大阪本町制作所

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しゃちょうのブログ

スクロール

考えてみたら、今月末で起業して丸7年になるのです。

7年。

7年も何かを個人的に続けたことがかつてあったでしょうか。

飽き性な私にしては奇跡的な行為です。

スクールはおかげさまで順調順調なわけです。

会社の方もいろんなことはありますが、今は従業員さんたちのことを我が子と同じような気持ちで思える、いい子たちばかりで楽しくお仕事できております。

全ては自然な流れに身を任せるだけ。

身を任せてたら、勝手に最適な形に変化していくって思ってます。

という感じなのですが、私的にどうにかしたいとずっと思ってることがありまして、卒業後皆さんがお仕事できる場所をつくれないのか、と。

そこに向けて動くために、今いろんなことやってるところです。

まず、私の社会的価値、ブランド力を高めるのが手っ取り早いと思って、今の行動や日々の生活はそこに紐づけています。

スクール卒業しました、サヨナラは無責任だと思うんですよね。

ただ、人を雇用する難しさを実感させられた7年間でもあるので「卒業生皆さんおいで〜」な会社なんて夢物語ってことも重々承知しています。

より近い距離で接してみないとわからないことも多々あるし。

でも、不器用でも必死に一所懸命に頑張れる人に機会を与えれる場所はつくりたい、というか一つの責任だと思っとります。

20代の私、絶望感しかなかったです。

現実逃避の手段が仕事じゃなくて、フットサルだったり、飲みに行って朝までムダ話することだったり。

スクール生の皆さん、当時の私みたいに腐ってなくて、本当に仕事や転職というものに対して真剣に向き合って頑張ってます。

そういう方が報われる場所をつくりたい。

ただ、それだけなんです。

デザインスクール業でどうにかこうにか人から認められるようになったのかなと思いますし、自分の好きなものを食べて、自分の行きたい場所にいけるようになり、奥さんと息子と従業員さんたちと楽しく生活できるようにはなりました。

でも、これで満足するんじゃなくて、もっともっと皆さんにとってプラスを生んでいくことで恩返しできるんじゃないかなって思います。

と書いて思ったのですが、めっちゃ普通の文章になってますね。

とりあえず、皆さんにお伝えしたいお話は溜まっておりますので、坂元マニアだけを集めて「坂元先生を励ます会」を開催しようと企んでおります。

いかに坂元先生を励ませるか。

一番励ますことができた方に象印賞でも差し上げます。

我が社では気まぐれでお勉強を開催しています。

1月は2回行いました。

1回目は「大人になろう」について、私が語りました。

2回目は「賢くなろう」で、まずは「成長ということを理解しよう」でした。

「賢くなるため」には、「大人になる中で身につけてしまった不要なものを取り除こう」なお話だったので、我ながら大人にならないといけないのか、大人になってはいけないのか支離滅裂ですね。

ざっくり言うと、子どもの特徴は

・好奇心
・行動力
・恐怖心のなさ

であり、

大人になるとそこに理性がプラスされる。

社会でうまく生きていくためですね。

もちろん必要だから理性が身につくのですが、その弊害として

・恐怖心
・慢心
・先入観

に支配されるわけです。

ヒトの知能が高い理由の一つが幼少期の長さらしいです(from オサムハヤシ)。

子どもでいることの方が成長できるということですよね。

私たちはスクール業、すなわち人に知識や技術をお伝えし、一人ひとりの目的達成に導くことがお仕事です。

なので、

恐怖心、慢心、先入観をできるだけなくし、好奇心、行動力、失敗の肯定によって、人々を成長に導かないといけませんよというお勉強でした。

ちなみにスクールでは、きちんとデザイン理論、コーディングの基礎、デザインソフトの操作だったり、職業経験に基づいた知識をお教えしています。

でも、私はその辺りは社会の中で「働く」ということの方法論としか思ってません。

うちのスタッフたちは自然や社会、人の原理原則を知り、適切なリーディングができるようにならないといけないと思って、リーディングしていこうと思っています。

リーディングリーディングしつこいですね。

そんな感じで私を含めた我が社のお利口さん計画どうなることやらでっす。

えらいこっちゃ。

えらいこっちゃ。

私がサランラップをうまく巻けないことにイライラしている間に世界はすごい速度で進んでいます。

IT、AIがもたらすデータ至上主義経済。

その中でデザイナーはどうあるべきなのだろう。

もっと言うと、会社というもの、自分というものはどうあるべきなのだろう。

誰もわからないんです。

企業 > 国

な企業が力を持っていく中で、従来の国という概念、法律という概念も変わっていくのかもしれません。

そんな感じで、私は「AIが苦手なところを頑張っていけば生き残れるんじゃないか」と思って、日々現実社会やインターネット社会の中で現代のドングリを探し歩きまくっているわけです。

日本企業も後を追うようにデータというオイルを追い求めて色んなサービスに着手していく。

ネット通販企業もネットコミュニケーションツール企業も携帯会社もコンビニも違いがなくなっていく。

社会が変化すると、デザインの立ち位置、自分の立ち位置もそれに応じて変化させないといけない。

大きな大きな変化の波がすでに目の前まで来ている。

ビビってたじろぐのか。

ワクワクしながらその波に揉まれるのか。

とりあえず、今までの人生、適当に好きなようにやってたらどうにかなっているので、今後も自分の好奇心に純粋に楽しんでいこうと思っていまーす。

ずっと日本にいていいのかしら。

ハッピバスデー息子ー。

3歳ー。

ブブー。

チダイマスー。

ということで、本日は、遺伝子操作によって私と同じ遺伝子を植え付けられたのでは?と疑問を持たれる、同じ顔した陽気でわがままな愛息のお誕生日なのですが、彼は「ボクは2歳だ」という思いが強すぎて、今日から3歳になることを認めてくれません。

教育ってむつかしい。。。

ということで、人があんまりできない経験について語ろうのコーナーということで、「起業すること」について語ってみたいと思います。

みなさんは「起業」についてどのようなイメージを持っているのでしょう。

「すごい」やら「大変なこと」というお言葉をいただくと「いやぁ、そうでもないんですよー」と思いますし、「そんなん誰でもできる」やら金の亡者的な扱いされると「じゃ、お前やってみろ」と思います。

乙女心って複雑。

そんな感じで「起業」なのですが、いろいろ決めることから始めます。

自分は週のうち何日働くか。

何曜日働くか。

何時間働くか。

1時間いくらで働くか。

どういう仕事をするか。

誰とするか。

誰にするか。

全部決めないといけないのです。

「週2日休みます!みんなそうしてるから!」と思っても、お金を稼げてなかったらそれは通じないですよね。

1時間5,000円以下の仕事はしないというルールを決めても、そのせいで1時間4,500円の人に仕事が全て流れてしまっては、稼ぎはゼロになってしまいます。

自分の値付けもしないといけないんです。

市場を見ながら。

「なぜ、週のうちに2日休みなのか?」

それを考えるだけでいろんな知識が増えます。

体力的な問題。

精神的な問題。

ちなみに私は大学初任給ぐらいの月収を得るまでに1年弱かかり、週1日休めるようになるまでに3年ぐらいかかってるんちゃうかなと思います。

当時はお金をもらう権利も休む権利もなかったってわけです。

それが起業です。

いろんなことを考えました。

自分のことを客観視し、分析するために。

仕事のきっかけを探しまくってました。

今ではいい経験になったと思いますし、まだまだ「起業して成功した」状態ではないですね。

死んではないから、どうにかこうにかはなってるんだと思いますが。

起業って自分の社会の中での立ち位置を確かめる作業なのかも知れませんね。

えべっさん。

起業して、最初のえべっさん。

私も商売人の端くれ。

とりあえず、えべっさんに参っておかないと、あとあと「あの時にえべっさんにお参りしなかったから、事業に失敗したんや…」と後悔するかもしれない。

当日はすがれるものは何にでもな状況でもあったのですが。

そして、えべっさんの翌日から体験レッスンへのお申込みがわんさか。

神すげー。

と思ったのですが、その後毎年これぐらい時期が、人が新しく何かを始めようと思う時期なんだということを知りました。

といいつつ、後悔したくないので、今年もきちんとえべっさん参りをして、笹を買いましたよー。

神様〜、今年もよろしゅうお願いします〜。

ということで、日々いろんなことを考えてしまう私であります。

私のアドバンテージはあらゆる事柄に対して、ゼロから何かをつくる能力だと思うのですが(その能力が中途半端なので、月旅行とか行けないわけですが)、それを社全体としての共有の財産にするにはどうしたらよいのでしょうかといろんなところにヒントを探しまくる日々です。

社会不適合者としての名を幼稚園児ぐらいのときからほしいままにしてきた私。

人と一緒のことを盲目的にやったら負けと思ってたアンタッチャブル少年。

一番見習ったダメな人間であるのは間違いないですが、ゼロからつくれる人にはなってもらわねば。

言われたことしかできなかったらAI君たちにお仕事奪われちゃいますからね。

「どうしたらゼロからつくれるようになるんだろう?」

といつも考えてしまいます。

それを人に伝えるのが私のお仕事なので。

日々の生活の中でのイライラ。

日々の生活の中での違和感。

物事の仕組みを考えること。

もっともっと分解してみること。

実際に成長していく人をじっくり見て、分解し、整理すること。

人の興味を引く人、人の感動を与える人の方法論を分解し、整理すること。

そのあたりなのだろうと思うのですが、どうしたらそれらを共有したり、システム化できるのだろうか。

今年から我が社(というか、私の)仕事の中で大切にしたいものは「センス・オブ・ワンダー」って思ってます。

来週で3歳になるうちの息子はいちいち「これは何だ?」と聞いてきます。

生きていく中で何でもかんでも知っているような錯覚、うぬぼれを持ってしまい、「これは何だ?」と考えることがなくなってしまう。

結局のところ、能力や頭脳って「これは何だ?」の数の差なのではなかろうか。

「これは何だ?」の向こう側には「これは何だ?」が待ってます。

「これは何だ?」といちいち聞きまくってる子どもの隣には、「これは何だ?」とスマホをイジイジしてたり、本を読んでる42歳がいます。

自分なんかまだまだ知らんことばっかで日々新しいことに出会います。

40超えても。

でも、「これは何だ?」はもしかすると先天的な才能なのかもしれないなとも疑っています。

わからないことばかりだから世の中楽しいし、日々学びの繰り返しだったりします。

まだまだ私の脳みそ、隙間だらけです。

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画像:大阪本町制作所代表

このブログについて

代表の脳内を大公開。思ったことを思ったまんまに書き殴るタイプのブログです。子どもの頃から基本的にフザケてたら、社長になってたり、40越えてたり、パパになってたりしてた人間の駄文となります。私以外のスタッフは皆さん真面目なので、弊社はれっきとした真面目な会社です。こんな阿呆に付き合わされて皆さん大変だと思います(棒読み)。