大阪本町制作所

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しゃちょうのブログ

スクロール

毎年言うてる気もしてますが、晦日=三十日でして、月末を表す意味もありまして、一年の一番最後の日だから大きい晦日、大晦日なんですね。

ということで、本日のしゃちょうとお利口さんになろう、はこのへんで。

皆さん、よいお年を!!

という読み手にも書き手にも需要も供給もないことで終われないわけです。
令和元年というやつは。

そもそもどれぐらいの読者がいるかというと5人ぐらいなのではないでしょうか。

私が将来芥川賞とかノーベル文学賞とかもらった時には「私は先見の明がある」と自慢できる。
ただそれだけのために読んでもらえたら、私嬉しいです。

ということで、一応節目ということで無事今年も倒産もせずに、生活苦に陥ることもなく無事終了しました。

私は「年の最後のご挨拶」とか「新年のご挨拶」とか「今年の回顧」とか「新年の抱負」とかが苦手なのです。

かなり不自然になってしまいます。

アンドロイドみたいな表情になっているはずです。

生きていく中での単位というのがあると思うのですが、「今」がベースにあるので「月」とか「年」では全くないです。

一日に絶対にやらないといけない仕事が終わったら「今日も1日頑張ったでしょう」とほっこりしますが、基本は「今」です。

今を必死のパッチでやってたら、そのうちのどれから後々の自分の力になるだろうという感じですし、これまでの人生もそんな感じだったような気がします。

「会社を経営しながら、デザインスクール運営と講師をしながら、高校の講師をしながら、WEBも紙もデザインもして、コーディングもして、マーケティングもしする」という、たぶん世界でひとりしかやってないことをやってるのですが、その土台は起業前に仕事外や学校の授業外の時間帯に必死のパッチでやってた無駄なことの数々だと思っとります。

人は合理的に生きたい動物だと思うので、無駄なことはしたくない。

ので、無駄なことをしかも全力でやってたら、それが「他人にはない自分だけの武器」になっていた。

結果オーライな今の私です。

とりあえず、大学卒業時に就職をしなかった時に「ほな、仕事以外のことをとことん楽しんでいこう」と考えて生きてた結果、こういう形になっているので、人生ってそういうものなんだろうと思ってます。

逆に仕事のことだけを考えて必死に生きてきた人はそこに関してはスペシャリストかもしれませんが、それ以外に関してはほぼ無力でしょう。

仕事というのは社会に対してどうアプローチするかだと思うので、自分の専門の仕事ばかり見てたら、社会に対して盲目的になってしまいますよね。

人は人で自分は自分なんですが、この年になって思うのは、必死のパッチになった時間と脳みそが自分の土台になっていくし、土台がしっかりしていないと、能力や知識を得ることは難しいし、浅はかなものにしかならないんだろうな、と思う今日この頃です。

そんな感じで自分の仕事のベースが教育というものになっている現在思うことでした。

今を必死のパッチで頑張ったら、それが力になりますよということを私は伝えたいんだと思います。

ということで、年末年始楽しんでください〜。

ニーハオ。

シェイシェイ。

オニイサン、カワイイコノチ○チ○マッサージキモチイイヨ。

ということで、私、先日、世界最先端を見るべく、中国は上海へと向かいました。

感想文を書いてたら長くなり、終わりそうにないので、箇条書きで書いていきます。

●紙の広告ほとんど見ない

デジタルサイネージ(電子公告)がほとんど。
さようならCMYK。
地下鉄の窓の向こうに投影されてる広告は「どうなってんやろ?」含めて、勢いを感じました。

●デザイン力高い

日本のデザインとの差はほぼ感じなかったです…。

●キャッシュレス社会の不便さ

今調べてたら海外からの短期滞在社用Alipayとかあるみたいですが、めんどくさそうなのでクレジットカードベースで行動しようと思ってたら、私の持ってたMasterCardとJCBがほとんど使えず、現金支払メインに。「スマホ決済のみ対応」ってのも結構あって、ケンタッキー食べれなかったり、新札しか持ってなくて地下鉄の切符買えなかったり結構大変。

●カメラ!カメラ!カメラ!

町中のそこら中にカメラ!カメラ!カメラ!
完全なる監視社会。
私は逆に悪いことされても気づいてもらえるだろうと安心して、町中を闊歩してました。

●無駄に豪華

上海一番の観光地?外灘。
夜になるとライトアップ。
パチンコ屋感、ファッションホテル感全開ながらも「これは大阪には真似でけへんな…」と敗北宣言。
飛行機の中で見せられた重慶のPR映像も似たような感じだったので、中国は大都市をムダにライトアップするのが好きみたいです。

●物価

交通費は安いです。タクシーも関空ぐらいまでの距離を高速使って3,000円ぐらいなので。
最初は地下鉄乗るのが怖かったのでタクシーばっか使ってました。
300円ぐらいで20分ぐらい乗れる。
地下鉄も100円ぐらいで市内は移動できる感じ。
新幹線で30分の蘇州でも何百円かでした。
食費も日本よりちょっと安い感じかと。
観光客が多いのか、スイーツ屋がアホほど多かったです。

●日本のにおい

マクド、ケンタッキー、すき家、サブウェイ、スタバ、ドミノピザ。
ファミマ、セブンイレブン。
アップルストア。

日本でも見かける店をたくさん見ました。
逆に「中国にしかない!」という、飲食チェーンやコンビニはあまり見かけなかったかも。

●北朝鮮レストラン

北朝鮮が外貨を稼ぐために世界中で展開しているという美女軍団がホールを務める北朝鮮レストラン。
北朝鮮と国交がたぶんある中国にもあるはず!と思って検索したら、本当にありました。
店の前に行ったら、呼び込みをする一般人のかっこうをした美女軍団予備軍2人。
店を写真撮影しようとしたらダメですよというジェスチャーをされる。
「北朝鮮名物といえば冷麺やけど、冷麺食べれないし、冷麺しかなかったらどうしよう…」
と心配しておりましたが、焼肉(焼いたやつ持ってくるやつ)と石焼ビビンパを注文できました。
あと、北朝鮮ビール!!
普通に美味しくいただきました。
美女軍団が石焼きビビンパを混ぜてくださりました。
感動。
石焼きビビンパマンセー。
少々高めのお値段設定でした(以上で4,000円ほど)。
美女軍団の歌と踊りのショーはもう終わった後やと。
無念。
しかし、終始笑顔の接客で、愛想という文化がない中国においては奇跡的でした。

●マナー

マナーという言葉がない国と考えていいかもしれません。
順番待ちなどあってないようなもの。
抜かれまくり。
地下鉄の中で電話するもの、動画を音出して見て大笑いする者、車両の地べたに座る者。
でも、地下鉄で高齢者の方がいたら、若者は皆率先して席を譲ってました。
これは日本では見ない光景。
日本のモノサシだけでマナーが悪いとは一概に言えないんだろうと思いました。

●馴染む

普通に現地の方に中国語で話しかけられること多数。
現地の人とビジュアル面での差はないみたいです。

●リニア

橋下徹氏が「上海は空港から都心までリニアで6分で着くんですよ!大阪にもリニアを!」って言ってたのを思い出し、空港までのリニアの存在に気づく(なぜか百度地図の経路検索には出てこず)。
時速400km以上は吐き気をもよおします。
確かに6分で空港までついたけど、リニアの駅まで上海中心部から何駅かあります。
新大阪みたいな感じですね。

●都市の規模

全く大阪の比ではないスケールですし、東京よりすごいんかもしれません。
東京みたいに巨大ビル群がいくつもある感じですね。
進化のスピードがすごい。

●手荷物検査

地下鉄に乗る度に手荷物検査があるのはめんどくさかったです。

●景観

空気が汚いと聞いてたけど、気にならないし、ゴミも全然落ちてません。
市を挙げて景観整備に力を入れている感じです。
ただ、タンをペッペするおっちゃんは多かったです。

●表と裏

「すごい進化やな…」
「皆さん楽しそう…」
と思わされながら、私の今回の目的は「中国の方々の生活を見ること」。
上海は国家単位で演出しているところもあると思ったので、日帰りで行ける蘇州に行ってみました(新幹線で上海から30分)。
蘇州にも地下鉄が通ってたり、経済成長の影響は感じましたが、上海よりかは昔ながらの家も多かったし、「お金を恵んでください」な方も何人か見ました。
上海だけで中国を判断するのも危険なんだろう、と。

●まとめ

「実際に行ってみるといろんなものが見えてくる」です。
イメージ通りのもの、イメージ以上のもの、イメージ以下のもの。
日本が完全に劣っているもの、日本の方がまだまだ優れているもの、どっちの方がいいんだろう?と考えされるもの。

でも、そこにいるのは私達と同じ人間ですし、商売に関してお礼を言わないのがマナーな国だと思うのですが、私はクセみたいなものでついつい「謝謝〜」と言ってしまうんですが、皆さん笑顔で返してくれるんですよね。

性格が悪いんじゃなくて、本当は皆さんいい方々なんだろうなーと思いました。

そして、日本語しか話せない自分の言語力は、今の時代(海外まで行くことのハードルが低い)において、本当にもったいないことなんだなと痛感しました。

いろいろ話してみたいですね。

次は北欧か東南アジアに行くことを企んでますが、息子が早くお利口さんになって、奥さんが両手を挙げて旦那のグローバル社会見学に賛成してくれるようにならね。ば。

とりあえず頑張れ息子。

「自己の衝動に純粋になれ」

これは誰の名言でしょうか?

そうです。

私の言葉なのですが、「見たい」と思ったら見たくて仕方がなくなるダッシュ勝平イズム全開です。

朝めし前の当たり前なアニソンを急に思い出しましたが気にせずに話を進めますと、1FのLAWSONにチケット情報がいろいろ書いてあるので、それを見て気になったやつは毎回申し込むことにしています。

ということで、見に行くことになった東京03のコントライブ。

シアタードラマシティーという大地真央のミュージカルとかしかやってなさそうな私的に場違いな場所へ。

そんな感じで、ポップコーンにビールでもと思いながら馳せ参じながら、そんなサービスはなく、お茶片手に2時間コントを見て、パンフレットとTシャツを買って、購入者限定握手会でしっかり握手して帰りました。

お笑い評論家でもないので感想を簡単に述べますと、ギャグとかお決まりのパターンとかに頼らずに、間やテンポ等で作り出される笑いの空間。

そこにあるのは普通の情景に普通の言葉。

私がいつも生徒の方々にお伝えする「デザインは装飾をすることではない」ということと勝手にリンクさせていました。

普通の書体で装飾をしなくても伝えることができるのがデザイン。

デザインにおける間とは余白や無彩色。

無と有。

静と動。

人がつくっているものには必ず意図があり意思があり理由がある。

私達も何かをつくるお仕事なので、広告デザインだけでなく、たくさんの人がつくったものに日頃から触れる努力って大切ですね〜というお話でした。

おしまい。

今朝、自転車に乗ってたら、クラクションが連発される音が。

遠目に、信号無視するご老人とそこに向かう自動車の姿が。

「信号を無視する人間は悪だから、不快な爆音を連発するのは正義」

という意思表示なんだと思うのですが、遠目にいる私的には信号無視してるご老人には何の不快感も与えられませんが、「不快な爆音を連発する正義感」には殺意を覚えます。

これは家の駐車場の前が、不法駐車に占領されて入庫できずに、一生クラクションを鳴らし続けてる輩も同列です。

うーん。

そもそも、なぜあんなにクラクションの音は不愉快なんでしょう。

神や仏と並び称されることすらある穏便な私ですら、後ろからブーって鳴らされたら「なんやわれ!」モードに変わります。

ライガーが鈴木みのるに怒ってマスク脱いだら、オバQみたいなメイクで包丁振り回す姿に極似してるかもしれません。

クラクションの音がファミリーマート入店時に流れる音とかだったら、もしかしたら全く不愉快ではないかもしれません。

でも、クラクションには「不愉快な音で危険を知らせる」という意味があるわけで、入店したくなるようなキャッチーなメロディでは意味をなさないわけです。

ガスが臭いのも同じような理由だったと思います。

ガスがピコレットみたいなニオイだったら、妖精出てきそうですしね。

それにしても、クラクションの音、ただ「ブー」って鳴らしてるだけなんですが、「このカスどかんかい!ダーホ!ワレ!」って聞こえますよね。

そして、クラクションの音が不快というより、クラクションを連打する人間の心が不快って方が大きいのかもしれません。

「ここは俺の道じゃ!どけやボケ!」

「どけやボケ!」

「ボケ!」

「ボケ!」

「ボケ!」

に聞こえる。

ここ、あんただけの道ちゃうし、世の中にはいろんな人がいるわけで。

SNSや巷で溢れる正義感と社会の実情が全くイコールになってないことへの気持ち悪さを感じながら、今日も私は生きていきます。

ピポパポピポ♪ ピポパポピ♪ (ファミマの入店音を鳴らしながら)

テレビに整形した女性が出てた。

整形前の顔を見ても「いやいや、整形しなくても大丈夫でしょ〜」と思うのだが、コンプレックスというものを持ってしまうとダメらしい。

ということで、心のバランスについて考えさせられる朝。

みなさん、自分が主人公の物語の主役を演じてるだけなので、他の物語においては脇役でしかない自分の顔なんかにそれほど深い意味はない。

全員同じ顔してたら違いがわからんから、違う顔しとって欲しい、そんなもんでしょう。

私からしたら、街行く女性が皆、私のタイプの仮面ライダーバルキリーみたいな顔してたら、パラダイスなのかもしれませんが、そもそも私ごときではほとんどバルキリーに相手にされません。

たまに物好きなバルキリーがいて、話が合うバルキリー、一緒にいて楽しいバルキリーがいて、結婚に至ったりするわけです。

ということで、たまたま顔がバルキリーだったら言うことないですが、顔がバルキリーじゃなくても、その他の部分が上記に該当すればいいだけの話で。

そもそも、そういう顔面コンプレックスをつくっているのは、自分の脳でしかなく、自分で勝手に敵をつくってしまう。

そして、自分でどんどんその敵を大きくしてしまい、どうしようもないモンスターに育ててしまう。

自分がつくったモンスターと戦うのが人生のメインテーマってイヤですよね。

自分の脳みその中で完結する世界。

そんな顔面コンプレックスだけではなく、世の中の多くの人は現実には存在しない自分自身が勝手に作ってしまっている敵と戦っているし、自分が勝手に決めた自分という枠の中で苦しんでいます。

私はそういう人たちは「その人たちも被害者だから…」と思うので、嫌いとかいう感情は湧かないのですが。

目の前のエサを穫るのに必死だった時代には、脳内で敵を育てるヒマはなかったということなのか。

時代的な問題なのかもしれませんが、そういう人生の邪魔をする敵を作らないようにすることができないのかなーと考えたり。

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画像:大阪本町制作所代表

このブログについて

代表の脳内を大公開。思ったことを思ったまんまに書き殴るタイプのブログです。子どもの頃から基本的にフザケてたら、社長になってたり、40越えてたり、パパになってたりしてた人間の駄文となります。私以外のスタッフは皆さん真面目なので、弊社はれっきとした真面目な会社です。こんな阿呆に付き合わされて皆さん大変だと思います(棒読み)。